暑い日差しが照り付ける中、三重県伊勢神宮、お伊勢さん参りに行ってきました。

人生3度めのお伊勢さん!自然な流れで行くことになりました。

昔の人々は、伊勢参りの前にまず二見の海で禊をしてから神宮へとお参りしていたらしいです。そにれならってまずは二見の「二見興玉神社」へ。

普段山に囲まれた土地に住んでいると、海を見たときものすごーく感動してしまう。波の音にも癒されました。波打ち際でサンダルを脱いでピチャピチャ。ほんとは全身ダイブしたいけど。

夫婦岩で鳥も一休み。

カエルの置物がたくさんあって、本宮前の「カエルみくじ」をひいてみたら、「伸」という漢字が。

「ぐんぐんと伸び、大きな花を咲かせるには土台が大切です。綺麗な花をさかせるためにまずしっかりと根を張りましょう」、というような意味合いのことが書かれていました。(・・・はい、わかりました)

翌日は早起きして外宮へ早朝参拝、そのあと内宮へとお参りしました。

五十鈴川で手を洗うと気持ちいい!
クリスタルもついでに。

伊勢神宮はちょっと特別な場所で、鳥居をくぐると別世界というか、すみずみまで清められたとても神聖な空間で、普段神様の存在を信じたり、意識していなかったとしても、たしかに何か「大きな存在」を感じる、そんな空間だと思います。

普段「ああしたい」「こうしたい」、「こうなりたい」という思いや欲、小さなことを心配したり、気がかりだったりすること・・・いろいろあるのですが、

正宮に近づくにつれてそういったことが全部自然に消えてしまって、ただただ「ありがとうございます」、と思わず深くおじぎしてしまうような、そんな場所。

言葉ではなく、自分も大きな自然の中で生かされている小さな一粒で、自分に与えられた役割を全うして、少しでも周りや誰かの役に立てられるように、そんな思いを自然と身体で感じました。

話は少し逸れますが、10代のころ習っていたフルートの師匠に「良い音を出そうとするな」、とたびたび言われました。

師匠曰く「何も考えない方がいい音が出る」、ということなのですが、私が「何も考えなかったら、じゃあその人らしい音って、どこで決まるんですか?」と質問したら、先生は「それは、生まれながらの身体的な作りなどによるところが大きい」というようなことを言っていて。

当時の私はえー、それってなんだか面白くない・・・・と感じました。

そのころの私は今よりもたぶん心身共にこわばっていて、我欲みたいなものもたくさんくっついていて、 色々自分でコントロールしようとしていたんだと思います。与えられた身体もまた自分の一部なのに、頭の方ばかり優先していたところもありました。

でも時を経て、自分なりに経験を重ねるうちに、今になってその先生の言っていたことの意味が少し分かって来ました。

「良い音を出したい」、「聴いている人に良い音!って思ってもらいたい」「良い音が出せる自分を見てほしい」、みたいな「自分が、自分が」みたいな思いがどこかにあるうちは本当にいい音は出せなくて。

自分を手放して、自然にゆだねた時にはじめてふっといい音が降りてくる。

それが自分の身体を通ることによって、自分だけの音が世界に、誰かの心に、響く。それは切り離された存在だと思っていた自分が、すべてと繋がる体験。

仕事の場でもそれは特に感じていて、まっさらな気持ちで自分を空っぽにした時、はじめて本当の意味で誰かのお役に立てるような気がしています。

今回の伊勢参りではそんな昔の記憶も思い起こされ、今と未来につながっていくようでした。

「日本人のこころのふるさと」、とも言われているお伊勢さん。

本当にそこでは日本のこころというものが何なのか自然と思い出されるような空間で、私たちの受け継いできたもの、食文化や生活はじめ、私たちのハートの部分、普段忘れていてもDNAにしっかり刻まれてるんだな~、と思いました。

外側よりも、内側に目を向けていく時、なのかもしれません。

なつかしい場所、また行きたいな。

感謝気持ちで伊勢を後にして・・・

帰りは名古屋経由で帰ってきました。

この色とデザイン・・・!西の電車って可愛いな~といつも思います。

名物みそカツも食べてきました。

甘いみそだれは好き嫌いが分かれるみたいですが、私は好きな味でした。八丁味噌、好きです。

今回の旅はたくさん歩いて、太陽の光もいっぱい浴びて、しっかり寝て食べて、日焼けはしましたが全身動かして、なんというか人間らしい活動をしたように思います笑

たまに旅に出るって大切ですね!

秋に向けて、また前向きに進んでいけそうです。