最近、実家隣に住む祖母の家を片付け始めました。

92歳でまだまだ元気なのですが、家のことをほぼしなくなって、毎日好きな時間に寝て、好きな時にごはんやおやつを食べ、たまにめんどくさがりながらもデイサービス、あとはMyベンチに腰掛け、自然の景色をただただ眺める、という日々。

本人曰く「毎日食っちゃ寝ー食っちゃ寝ーしかしてない」生活で、キッチンも洗面所もトイレも、何年もそのまま。

その光景に私の掃除&片付け魂がふつふつと湧き、片付けさせてもらっています。祖母はこだわりがないので好きにさせてもらってありがたいのですが、台所の戸棚の扉を開けると「うわっ・・・・・!」「ひえー!」というモザイクモノの光景だったりして、かなり片付けと掃除のし甲斐があります。

最近「92歳のパリジェンヌ」というフランスの映画を観ました。

92歳の主人公のマドレーヌは年を取って自分で出来ないことが増えていき、子どもや孫に恵まれながらも、自立心と意思が強い彼女は自分自身で人生の幕を下ろすことを決意する・・・というストーリー。

私の祖母もそういえば同じ92歳ですが、出来ないことが増えていくのも割と自然に受け入れていて、かつ昔から人に自分のことをしてもらうことが苦でないため、特にストレスがなさそうです笑

若いころは気が強くてカッカしていて、いつも怒ったような表情で喧嘩っ早い祖母でしたが、

歳をとってからすっかり丸くなり「家族によくしてもらってばあちゃんが一番幸せだ、こんなに幸せなばあちゃんなかなかいねぇで」「何はなくとも、家族の仲がいいのが一番大切!」なんてしょっちゅう言っていて、昔と比べると別人のようです。

祖母は他人よりもいつでも「自分ファースト」で、自分がしたいこと、してほしいことを本能のままに実行してきて、言いたいことや文句も本人に直接言いに行く、周りのために我慢したり、感情を抑え込んだりしない生き方をしてきたので、十分発散型、歳を重ねた今、おなかの中に人生に対するわだかまりのようなものがほとんど残ってないのだと思います。

わがままに、あるがままに生きてきて、特に病気もなく、豊かな自然といつも家族がそばにいる幸せな老後もゲット、祖母を見ていると、我がおばあちゃんの強運にすごいなぁ、と思います。

ごはんを持っていくと「ありがとう」「ありがとよ~」と毎回言ってくれる姿をみていると(昔は「ありがとう」どころか、挨拶さえもする習慣がなかったらしい)、年を取ったら「素直」でいることが、周りに大事にされる秘訣かもしれない・・・と思ったり。

歳をとったら、周りの助けを素直に受け取ること、一人で生きているのではない、というのを学ぶ時期で、同時に若者は誰かをサポートすること、手助けをさせてもらうことを学んで、うまく循環しているような気がします。

大量に出てきた昔の食器も整理。気に入ったものはちゃっかり頂きました。

私が片付けるのをぼーっと眺めながら話しかけてくるのですが、歳を取ると色々悟るのか、おばあちゃんの人生に対しての名言もひょっと出てきたりして面白いです。(「不安や心配ごとでいっぱいにするのは頭が悪りぃ」、とか笑)

おばあちゃんのしわしわの手って好きです。先の映画の中でも、お風呂に入れてもらうマドレーヌの年をとった体を見たときも、シミがあったり使い込んだ感じがすごく素敵だな、と思いました。若い人にはない美しさ。

さまざまな経験をして、歳を重ねて色んな景色を見てきたおばあちゃんやおじいちゃんって、ただそこに座っているだけで家族の中の宝石みたいな存在だな、なんて思いながら、せっせとお家を浄化、綺麗にしています。